10周年だからこそ今考えたい、咲耶の言葉に含まれる、兄へのもう一つの問いかけ
「あなたを……永遠に愛することを……誓います……」

ツー……ポトッ。

 ……イヤだ……私、幸せな花嫁のハズなのに……どうして涙が……出てくるの?
 ……わかってる! 本当は、いくら想ってもかなうはずのないことくらい、もう十分わかってる……。だからって、なにもこんな時に思い出すことないのに……もう私ったら、バカね……。せっかくの幸せの予行演習のハズなのに……。
 ……ポトッ。
 でもきっと……本当は、こうして微笑む私の横に立つのは、お兄様じゃなくて……。
 ……ポトッ。
 イヤ……考えちゃダメ。……でも、どうしても、頭の中から消えてくれないの。
 こんなドレスを着て白い燕尾服を着たお兄様の横で微笑むのは、きっと誰か……私じゃない女の人……。そして……私はそのそばで……「お兄様、おめでとう」って言ってあげなきゃイケナイの……。

「イヤ……そんなの……イヤよ。……お兄様……私そんなこと絶対に……信じないんだから……。お願いです……神様。どうか、私を……お兄様から……引き離さないで……どうかどうか……ずっと……お兄様のそばに……いさせて……お願い……」
(キャラクターコレクション④咲耶 p27,28より)

あなたを……永遠に愛することを……誓います

(わたし、大人になったら、お兄様のお嫁さんになる!)

わかってる……いくら思っても、叶うはずがないことぐらい
もう十分分かってる
きっと本当は、祝福の時、私の横で微笑むのは、お兄様じゃなくて……

(お願いです、かみさま)

お願い……

(どうかどうか)

お願い……

(ずっと)

お願い、だから

(おにいさまのそばに)

お兄様のそばに

(いさせてください)

いさせて……

<<おねがい>>

(わたし、大人になったら……)
(RepureBパート・咲耶より)

咲耶は兄と結ばれないことを知りながら、ずっと共にありたいという願いを持った。
当時、このことについて兄たちは懊悩煩悶しながらも、正面から向き合った。
今、あなたは妹たちと共にありますか?



最後発組だからこそ書けるシスプリ記事というなら、このことについて論じられることこそ、まさにそれだと思う。

シスプリ10周年、あちこちで祝されているようで何よりです。今シスプリを中心としたブログをやっているからこそ、昔シスプリを好きだった人が、「10周年かぁ」と感慨深げに妹たちへ思いを巡らせているだけでも、なんだか嬉しく思えてくるものです。

こうして長く愛されてきたシスプリですが、その中でも最も多く語られた話題を挙げるなら、「妹とは結婚できないけど、おまいらどうするの」という問いかけでしょう。プリピュアBパートの最終話に咲耶のアレがぶつけられたことが一番の理由ではないかと思いますが、私も当話については言及していますし、やはり関心が向く話題ではあります。

ですが、この問いに対し、咲耶の言う言葉を改めて咀嚼してみると、もう一つ重要な問いが為されているように思えるのです。
「兄と妹がずっと一緒にいられるのか」
ということについて。

当たり前の話ですが、兄妹は一生兄妹です。

当時論じられたのは、妹が「兄と共にいられないのかもしれない」という不安についてです。
しかし、今私が思うのは、兄である私たちが、時間の経過と共に、妹たちの存在を薄く感じていってしまうのではないか、ということ。

可憐が、鞠絵が、白雪が、鈴凛が、咲耶が、「一緒にいたい」と思ったことの表裏には、時間が経った今のあなたが、今も尚妹と「一緒にいるのか」という問いがあるのではないでしょうか。
妹による内面の問題が、兄である私たちの問題へとシフトしてきているのです。

一番言いたいのは、

「あれほど妹たちが『一緒にいたい』と言っとって、それに心を痛め砕いたのなら、一生添い遂げるぐらいの気概を見せんかい」

ということなんでしょうかね。
だって家族としてずっと一緒にいることを選んだんだもの(この辺先人として新しくトゥルー家族になった人に送る含意も込めつつ)。

プリピュアBパートラスト、咲耶の話において、兄は最初から最後まで姿を見せません。
しかし、シスプリ考察における大家、あんよさんは、このように述べておられます。
 いや、このような本編であっても、兄の視点だけは間違いなく描かれていた。咲耶が振り返りながら、つまり画面のこちらを見て「わたし、大人になったら、おにいさまのおよめさんになる!」と微笑むとき、言うまでもなく彼女の視線の先には兄がいるはずである。視聴者は兄を見る咲耶の瞳を受け止め、そして幼咲耶の首に赤いマフラーが巻かれていることにもまた気づかされる。もしこれが、幼咲耶の胸のなかにある「運命の赤い糸」への想いと、その裏面にある不安とを指し示すものであるならば、ここでの彼女は既に「始まり」の契機を抱いた後の姿であり、それゆえ(a)の無邪気な時期ではなく、(b)から約半年後の冬の姿ということになる。そして、この幼い妹の胸のうちにそのような想いが錯綜していたのだとすれば、彼女の瞳に映る兄は、妹の愛に対していったい何を思っていたのだろうか。本編はこうして、兄不在の原作を翻案するさいに、さらにアニメとしての独自性を活かして、画面のこちら側へのまなざしを妹に与えるに至った。そのとき視聴者は、自分を兄と重ねてその妹のまなざしに向き合い、兄として妹を見つめ返すことになる。視聴者はここで兄妹を眺める第三者ではなく、兄という主体になるのだ

視聴者である私たちが兄という主体となるのだとしたら、その時、そして今、「あなたは」、妹に対してどうあるべきなのでしょうか。
シスプリの連載が10年経った今。改めて、

「ずっと一緒にいてください」

という、妹からの心からの声を、もう一度考えてみてもよいのではないでしょうか。

「いやぁもう連載終了してだいぶ経つし。シスプリとか随分わすれたなぁー」
とか言ってると、ウチの可憐に何されるか分かったもんじゃありませんよ?

だから、お兄ちゃん……どうかいつまでも……私のそばにいてください。
お兄ちゃんと私がお空の星になってしまうその日まで、
ずっとずっと一緒にいられますように……
私はいつまでも祈っています……。
お兄ちゃん、大好き♡
……愛して、います……。
(Sincerely Yours p108より)

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by sakuragi_takashi | 2009-02-22 20:28
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